おすぎの中身

ライフスタイルコーチおすぎの軌跡。素直と自由を取り戻そう!

大きくなったら

おまめさん

な私は、

大きくなりたかった

 

大きく大きく

なりたかった

 

でも

恐かった

大きく大きくなって

ウルトラマンくらい大きくなったら

家に入れない、、、

と考えて恐かった

ことを覚えている

 

 

発想が自由だ

 

 

今は発想が乏しい?

もっと自由で良いはずなのに

おまめさん

 

幼い頃は小柄だった

(今は、まぁ普通サイズ?)

 

小柄だったから

従兄弟から「おまめさん」と呼ばれていた時期がある

 

「おまめさん」は

小さいからと

周りが世話をしてくれる

という記憶

 

 

私は

自分が何もしなくても

周りがやってくれると思ったまま

大きくなった、、、

 

のかもしれない

 

 

ここまで書いて思うこと

 

私は

一人じゃないし

周りから愛されていた

 

と思った

 

しかし、

記憶が違う

かけっこ

かけっこは遅かった

 

 

親から聞いた話では

 

保育園の運動会

前を見ずに

こっち(両親の方)ばっかり見て

愛想振り撒いて走っていたらしい

 

だから

かけっこは遅かった

 

 

よく笑う子だったらしい

 

 

今は、、、

笑う?笑顔?を考えてしまう日々

ただ、笑ったら良いだけなのに

 

 

 

 

 

熱心なスイカ

今も昔もスイカが好き

 

スイカを見ると思い出すことは、

 

小学生の時

スイカを採った時に言われたこと

 

 

友達の家の畑でスイカを採った

友達のお母さんに見せたら

 

「まぁ、そりゃ採っちゃいけんわぁ」

 

えっ!?

採っちゃいけんかったん、、、

 

「そりゃ美味しゅうないけぇ」

 

美味しくない!?

 

「美味しゅうないけぇ、全部一人で食べんせぇ」

 

(゜ロ゜;ノ)ノ

 

小学生のおすぎは

美味しいスイカの見分け方を

友達のお母さん、両親から教えてもらう

 

教えてもらってからは

スイカを見るたびにやってみる

店でも畑でも、

食べる前もやってみる

 

美味しいかどうかが当たったら

嬉しかった

ただ、嬉しかった

 

好きな事には熱心だったよう

 

 

今は

美味しいスイカの見極め方は「糖度を見る」に変わった

楽になったけど

あの時の嬉しさは無い

楽しみは、椎茸

椎茸を裏山で栽培していた

 

(記憶があっていれば、、、栽培していた)

 

椎茸とは

買うのではなく

採ってくるもの

 

 

カゴを持って母と裏山へ

 

ジメッと薄暗い山の中に

椎茸がなっていた

 

 

プチプチと面白いように取れる

 

椎茸取りは

楽しかった思い出の1つ

 

 

いつの日か

椎茸は買うものに変わる

楽しみが減る

いや、楽しかったことさえ忘れる

夢は

夢は「氷柱を取ること」

 

通学路は川沿いの道

 

川の向こう側は岩肌の山

 

その岩肌に出来る大きな氷柱

 

小学生の頃

毎年冬になると

どうやったらあの氷柱を取れるかを考えていた

 

 

どーやったら

取れるのか?

 

取れたら、、、

取れたら何をしたかったのか?

 

いや

そんなことはどーでもよくて

 

取りたい!

どーやったら取れるのかな?

とワクワク考えることが

楽しい!

 

だった

 

しかし

いつの日か氷柱を気にすることは無くなる

取れるか取れないか

できるかできないかを考え

やらなくなっていった

小さい頃は

小さい頃は

 

よく笑い

よく歌う

 

歌が好き

 

家の土間をステージにして

作詞作曲おすぎ

で歌う歌う歌う

 

田んぼの畦道が苦手でも

歩いて

落ちて

足と靴が泥だらけ

でも

畦道を歩く

 

生えてる草を食べる

美味しい草を見分けて食べる

 

ザリガニ見つける

シジミみたいなのを取りまくる

知らないおばちゃんのヨモギ取りを手伝う

魚は手づかみ

 

夢は

崖にできる大きな氷柱を取ること

 

野山を駆け回る

遊びは見つけるもの

それが当たり前だった